池田大助(いけだだいすけ)
●金馬師匠の構成を前提にすると、大岡越前守が、田舎侍に扮して、護衛を一人つけて、江戸市中を見回って歩いていた。すると、二人の子供が縄で縛られ、周りを多くの子供が取り囲んで広場まで行く。そこは、「お白洲」で、奉行が登場してくる。
「往来において喧嘩口論をするとは不届きの至り。かく言うそれがしは南町奉行大岡越前守なるぞ。つぶさに伺う」
「お奉行ごっこ」という遊びである。止めようとする護衛を制して、大岡越前守が見ていると、「一つから十(とう)に、『つ』がそろっているか」をめぐり 喧嘩口論となったということがわかる。『大岡越前守』は、「そのようなつまらぬことで喧嘩口論相成らん。今後注意するように」とその場を収めるが、「被 告」の一人から、「お奉行さま一つから十に『つ』はそろっておりますか」と聞かれ、「そろっておる」と奉行は答える。「被告」は「十(とう)つ」とは申し ません」と反論するが、奉行は即座に「一つから十の中に十の『つ』を盗んだものがいる」と言い、数えさせる。「一つ、二つ・・・いつつ。」「それ見ろ、こ こに『つ』が二つある。これを十に戻せば『つ』は全部そろうておる」と切り返す。子供たちは、「大ちゃんのお奉行様が一番うまいや、これから、大ちゃんに 奉行をやってもらおう」と帰っていく。
本物の大岡越前守は、護衛に命じて、「奉行」役の子供を町役、五人組ともども出頭を命じるよう伝えに行かせる。
家に戻った奉行役の池田大助は、桶屋の父親から、寺子屋の帰りに遊んで帰るなと説教をされている。「いつもお前は泥棒ばっかりやってる」「今日から、奉 行に出世した。親父、喜べ。みんなは北町でやってるけど、おいらは南町の大岡越前守ってやつでやったんだ」などといってるところに、護衛の侍が来て「南町 奉行所大岡越前守の部下だが、町役、五人組そろって出頭するように・・・」と告げたから、町内は大騒ぎ。奉行の名を騙って遊んだことが罪になると思い、神 妙に出頭する。
ここからが、お白洲の場面。多くの与力、同心が勢ぞろいし、大岡越前守が出場する。「御前吟味」であるから死罪かもしれないとみんながおののくと、大岡越前守は、「お奉行ごっこ」の裁きは見事であったとほめ、いくつかの質問をする。
「星の数は、いくつあるか」
「父親と母親とどちらがすきか」・・・・
さまざまな質問に頓知頓才で答えていく。
そして、「与力の心とは」と聞き、大助は起き上がりこぼしを出して天保銭をくっつけ「金のあるほうに転ぶ」とすっぱ抜いていく。
詳細をあまり書くとはじめて聞く人に申し訳ないのでここらでやめるが、こうした奉行と大助の問答に大岡越前守がやり込められ、近従に取り立てるという大団円を迎える。
もともとは、上方噺「佐々木裁き」を六代目圓生師匠が江戸の噺として佐々木信濃守を奉行として演じ、主人公の子供の名前は「白吉」にしてある。金馬師匠は、若いころ圓生師匠からこれを伝授されたが、池田大助という人物が大岡越前守と同時代に存在したことから、奉行も大岡越前守に変え、題名も主人公の名前に変えた。その後、毀誉褒貶のある某宗教団体の(一字違いの)指導者が社会的影響力を持ったことを知ったら、金馬師匠は、この題名を使ったかは興味のあるところである。
(http://blogs.yahoo.co.jp/cavan_club1954/53585507.html より転載)
三遊亭金馬はこの噺「佐々木政談」を「池田大助」の別名で演っています。ギャグも内容も全く同じですが、主人公の奉行は大岡越前守になっています。子供は”大ちゃん”の池田大助です。 池田大助は大岡越前の第一秘書(?)に成った人だと言われています。元々は上方の噺なので固有名詞が変わってもおかしくないでしょう。 この噺のギャグは一休さんのパロディーだと言われています。
(http://ginjo.fc2web.com/43sasakiseidan/sasakiseidan.htm より転載)