悋気の火の玉(りんきのひのたま)
●花川戸に橘屋さんという鼻緒問屋があった。ご主人が堅い人で女遊びをしたことが無いという。ある時、寄合の後無理に誘われ吉原で遊んだ。こんな楽しいことが有ったのかと、今度は自分から通い始めた。でも、そこは商人、何か金がかからなくて遊べる工夫はないかと考え、親許身請けして根岸の里に妾宅を構える。
旦那様は最初本宅に20日、妾宅に10日お休みになった。本妻にこの事が分かり冷たくされ、何を言っても「フン!」と邪険にされるので、本宅に10日妾宅に20日と、逆になってしまう。そのうち帰らない月まで出てきた。
本妻は悋気に耐えきれず、あの女が居るからだと、藁人形に5寸釘で”カチーン”と杉の木に打ち付けた。それを聞いた根岸のお妾さんは「5寸釘で私を呪い殺すだと、それならこちらは6寸釘で」と、藁人形をカチ~ンと打ち付けた。それを聞いた本宅では許さない、「生意気だね!7寸釘を買っておいで」。7寸釘でカチ~ンと呪った。それを聞いたご妾宅では「悔しいね!」と8寸釘でカチ~ン。それを聞いた本宅では・・・。きりのないことで、 「人を祈らば穴二つ」の例え通り、ご本妻の一心が通じたものか、お妾さんがころっと亡くなった。同じ日にお妾さんの祈りが通じたものか本妻さんも亡くなった。こうなるとつまらないのは旦那さんで、葬儀を二つ出した。
初七日も済んだ頃、橘屋さんの蔵の脇から陰火が根岸に向かって飛んでいった。と、根岸から陰火がふあふあ~と飛んで、大音寺前で火の玉どうしが「カチーン」とぶつかる大騒動になった。
この一件がご主人の耳に入り、ご住持にお願いしたがお経ぐらいでは受け付けず、ご主人が一緒に行くことになる。「二人の火の玉に優しく語り聞かせ、心落ち着いたところで、有り難いお経を上げれば静まるだろう」と、大音寺前へ。
夜も更けると、根岸のご妾宅から陰火がふあふあ~と二人の前に飛んできた。話を語り聞かせて居ると、ご主人、たばこが飲みたくなるが火が無いので、お妾さんの火の玉を近くに呼んで、たばこを 付けて一服味わう。その内、本宅から上がった陰火が唸りを上げてものすごく、飛んできた。呼び止めるとぴたりと止まった。話し始めたが、また火が欲しくなり「こちらにおいで」とキセルを出すと、火の玉が”ツー”っとそれて、
「私のじゃ、美味くないでしょ、フン!」。
(http://ginjo.fc2web.com/40rinkinohinotama/rinki_hi.htm より転載)
圓楽の序破急は講釈譲りだと思っていたころ、同じく黒門町の十八番のひとつ「しびん」(きれいに「花瓶」と表記することが多い)を、同乗した長い道のりの 車中で聞かせてもらった思い出がある。これは覚えたそのまま、つまり圓楽は、きっちりとした黒門町の息遣いができるという証だった。「悋気」はもはや落語 の中でしか残っていない言葉だろう。火の玉の合戦はCG化がないころは落語ならではのスペクタクルである。<解説 中村真規>
(https://www.dplats.jp/kura/asp/itemdetail/rakugo-dl-00284/ より転載)
CDにて